会話考察

個人的にですが、あたしは常々世の中は自慢と悪口と自己満足でできあがってると思っています。自己満足の事は今度機会があったら書くことにして、今回はほとんどの人に関係のある「会話」です。

私達の会話のほとんどが自慢と悪口だと思います。まあ、あとの残りは必要連絡事項。私は性格が歪んでいるので、物事を歪んだ角度からしか見れないからそう思うのかも知れません。「私達の会話はもっといいものよ!」と訴える人もいると思いますが、あたしにとってその人はすごくイイ人かすごくバカかどっちかです(イイ人とバカって結構紙一重)。

まず、自慢ですが、もちろんされて喜ぶ人は少ないと思いますが、したいと思っている人は沢山いるので需要と供給のバランスがうまくいってません。なのであたしたちは自慢に聞こえない会話の中でさりげに自慢するのです。

■「オレ来月パークハイヤットで結婚するんだ」この自慢は「結婚」ではなく「パークハイヤット」なのです。
■「あたしの彼氏イ、超ブサイクで、なんかカールのおじさんに似てるのよね」というのも相手の容姿なんて関係ないくらい素敵な人なの。ということです。
■「オレさあ〜3日で5時間しか寝てないんだよね」も自分の多忙さを、人気を、そしてそれでも頑張っちゃってる自分のガッツを。
■「あたし5キロも太っちゃって」は5キロ太ったってこんなもんよ、と。

更に人のわからない言葉を使う自慢方法。
■「Zってさあ、いいんだけど2モデル前のにはかなわないんだよね〜」みたいな発言をされると何の話題なのかすらわからない時があります。そしてその「?」をいっぱい浮かべた表情に、自慢者は満足。

バブル全盛期だった高校時代によくみられた「自慢返し」という技
■「正月にハワイでロイヤルハワイアンのシャネルで松田聖子見たよ」なんてのは松田聖子をおとりにハワイ自慢。そこで言われた方は「ふーん」。ハワイやシャネルにはびっくりしない、あくまでも「今年は行かなかったけど別 にあたしもしょっ中行ってるし。」と言った感じの「ふーん」とか「へー」です。

あたしたちの自慢は言葉だけでは足りずに行動にまで表れます。若い人が電車で広げる日経新聞。プラダの三角(プラダを本気で「モノがいい」と思ってる人はほとんどいないとは思いますが、いたらヤバいです。ただのナイロンと知りつつ買っちゃうんですよね。)。ラーメン屋のラップに巻かれたサイン色紙。

イイ人は純粋に「スゴイなあ〜。」などと言って自慢者を調子に乗せますが、あたしはこの手の裏自慢をすぐに見抜いてしまうのでイマイチ反応が薄くて自慢し甲斐がないでしょう。酔っぱらったアヤちゃんのお尻を拭いてあげたなんていう本当にスゴイと思う苦労自慢には素直に「スッゴーイ!」と言いますが。

そして悪口。
だいたいそれまで述べた自慢話に対しての悪口が多いですね。悪口は子どもの頃から「してはいけないこと」にリスティングされているので、多少の良心の呵責を覚えますが、一度してみたらアラ、楽しい。あんまり仲良くなかった人とも友情芽生えたりなんかして、一度やったらやめられない麻薬の味(ものの例え。麻薬は止められます)。中には「悪口は嫌い。自分が悪口を言わなければ他人からも言われない」などとお釈迦様のようなお目出度いことを言う人もいますが、しっかり「あの人って悪口言わないから逆に腹黒い感じするよねえー」と悪口を言われてしまうので、これはもう言ったもん勝ちだと思っています。

また、「悪口を言ってる人の顔は醜い」とかいうのをどっかで聞いたことありますが、コレまた違うと思います。悪口を言ってる人の顔はキラキラ輝いています。普段は腐ったサラリーマンも上司の悪口になると少年の瞳を取り戻します。ストレスという現代病まで解消しちゃう、悪口って道徳的にはダメでも、健康には良さそう。まあ、この部分には反論が来るんだろうなあと思いますが、何しろあたしは「ねえ〜聞いてよ〜」という母の同僚の悪口で育ったんで。

共通の敵を作ることによって団結するって言いますよね。悪口って、自分一人じゃヤだって思ってる人たちのを結び付ける見えない糸で、でもその団結された中でも自分は頭いっこ出てんのよ、という確認の為の自慢。結局あたしたちの会話なんてそんなことの繰り返し。

(99/9/26)

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