アルバイトノートその1

今優雅な留学生活を送らせてもらっているのですが、仕送り制ではないので、おこずかいがないのです。貯金もなくなってきたし。アルバイトができないのがこんなに辛いなんて思いませんでした。

あたしは高校生の時めちゃくちゃ貧乏でした。うちが貧乏だったのか知らないけど、まわりの友だちはおこずかいを沢山もらっていたようでしたが、うちはおこずかいがとても少なく、そのかわり欲しいものは親が買ってやる、という制度でした。一見いいように思えるけど、当時あたしが欲しいと思うものはヒスの服やオールナイトでライブが見たいとか、ドクターマーチンとか、とにかく親がオッケーと言って買ってくれるようなものではありませんでした(それでもかなり強引にねだって買ってもらったけど)。あたしのアルバイト生活は高校生の時に始まりました。

たまちゃんとアルバイトを探そう!ということになり、日曜日の新聞広告を見ていました。あたしの通っていた高校はアルバイト禁止なので、マクドナルドなどはまずダメ。そして、地元がいい。当時はとっても世の中がバブリーでフロムAなんて電話帳のように重たかった。人手不足と騒いで外国人の不法労働者が問題になっていました。そのくせ、高校生でもできるアルバイトは少なく、だいたい18歳〜とか20歳〜とか書いてある中みつけたのが「70歳くらいマデ」というもの。場所は大崎。時給は1000円くらい。「サンリオのお掃除」とだけ書いてあったので、早速面接。サンリオの店鋪の掃除だとばっかり思っていたのですが、結局はサンリオ本社ビル(20階建てくらい)のお掃除でした。これが、あたしの初めての長期のアルバイトとなりました。

行ってみると働いてるのは老人と外人だけだったので、あたしたち2人はとても重宝されかわいがられました。まだキティちゃんがこんなに市民権を持つ前だったのですが、あたしはサンリオ大好きだったで試作品とかもらえたし、老人に比べて仕事が早い女子高生は時給に直すと1600円くらいもらえてとてもいい思いをしました。一番面白かったのが「いちごの王様」の部屋(社長室)。その階全部がピューロランドなんだけど、金風呂と金便器があった。そこで風呂に入る人なんかいないのに、毎日金風呂を磨くたまちゃん。いちご新聞のおねえさん達もめちゃくちゃ毒づいてるんだけど電話では子ども電話相談室のような声で対応。

そんなこんなで貧乏生活にピリオドを打ったかと思うと、そんなことなくて、財布に100円くらいしか入ってなくて大崎の駅で精算できなくて改札をでれず、ホームから「具合が悪くて休みます」と電話をかけた苦い思い出があります。

(99/8/15)

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