同情考察(Super No Brain Ultra)

あたしは目立ちたがり屋です、と言ったらきっとそんなことないでしょうと言う人がいると思います。あたしは、ただの目立ちたがり屋ではなく、「偶然注目を浴びたい」目立ちたがり屋なので困りものです。「友だちにつきあってオーディション受けたら私の方が受かっちゃって」「姉が知らないうちに応募してしまって」というやつ。この事故っぽい注目を集めるのは、なかなか難しいです。

子どもの頃って、大人に誉められてナンボ、というところがあります。しかし、あたしは誉められるような子どもではありませんでした。あたしはとんでもない悪ガキだった訳でもどうしようない出来損ないだった訳でもなく、兄がとてもデキる奴だったのです。兄は何でも飲み込みが早く、「末は博士か大臣か」などとよくもてはやされていました(今となっては「二十歳過ぎればタダの人」の典型)。あたしはというと、どちらかと言うと少しかなりだいぶ飲み込みが悪く時間のかかる子だったので、スポットライトが当たることはありませんでした。

で、あたしはどうやったら大人の目をこっちに向けられるか考えていたところ、丁度いい具合に病気になって入院しました。あたしは地黒で肉付きも良いくせに体が弱い。これには兄もかなわない。どんな偉業を達成しようと大人はあたしの体温に一喜一憂しました。これはなかなか気分が良く、あたしはこの年に「同情される事」の快感を覚えてしまったのです。

とかく人は同情されることを嫌います。「同情の目で見ないで」「同情ならまっぴらだ」「同情するなら金をくれ」などと言ったりします。あたしなんて、「大変だね」とか「可哀相に」と言われるととても嬉しい。同情されるために必要以上に痛がってみせたり落ち込んでみせたっていいとさえ思ってしまいます。ただ、もっと効果的でしかし難易度が高いのが、「痛いんだけど痛くないって強がってるふり」です。眉をしかめ、目に涙を浮かべ、口だけ笑って「大丈夫」と声を詰まらせれば同情率は上がります。ただし演技力に問題があったり、中には本当に愚鈍な人がいるので、本当に「ああ、大丈夫なんだ」と思われてしまうこともあるので要注意です。逆にマジで痛い時に、あんまり言ったらウソっぽいんじゃないかと余計な気がまわってしまって、「痛い」と言えなくなって病状が悪化してしまうことがあるので、これまた困りものです。

とにかく、あたしがこういう人なので、痛がってる人や具合の悪そうな人を見ても本気で心配することがなかなできません。「大丈夫?」と顔を心配そうに覗き込んではいるものの、内心「こいつもなかなか演技派だなあ」とか「ちょっとオーバーなんじゃないの?」って思ったりしてしまいます。慰められることを長年本業としてきたので慰めることが苦手なのです。本当に痛かったり具合悪かったり辛かった人ごめんね。

結局のところ、「大変なのによく頑張った」とか「痛みに耐えて、それでも笑顔を忘れない」とかそういう青春ドラマに酔いしれているだけなのです。でも、大抵の人はこういう筋書きが好きなので(松野明美みたいなヤツ)、これでいいのです。また、こういうエッセイを書いて、ユキったら本当は大変なのに大変じゃないわよって遠回しに強がって健気で偉いわと思う方、有難うございます。

あたしは同情されるの大好き。(真心の歌詞と一緒になっちゃった)

(99/8/13)

BACK